大涸沼漁業協同組合は、涸沼の自然を守り魚介類の繁殖保護及び種苗放流事業を推進しています。
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  • 涸沼とシジミ漁、現状と今後の課題

1、涸沼とシジミ漁業

 涸沼は栃木県那須岳を源流とする那珂川の自然堤防で土砂が堆積し、支流涸沼川の水がせき止められてできた湖で、涸沼川の一部が膨らんだような形をしています。涸沼から流れる涸沼川は那珂川の合流地点まで約8㎞あり合流地点から約500mで海につながる関東地方で唯一の汽水湖です。湖水面積は9.35㎢、周囲20㎞で、平均水深は2.1m最大水深6.5mです。
漁業はしじみ、かき、えむし(第1種共同漁業権)、こい、ふな、うなぎ、わかさぎ、えび、うぐい、あゆ、おいかわ、ぼら、はぜ(第5種共同漁業権)さより、しらうお、いさざ、にしん(県知事特別採捕許可漁業)を営んでおります。
シジミ漁業は、汽水湖である涸沼及び下流の涸沼川で行っています。主漁場は漁協事務所がある広浦と対岸の松川を結ぶ線から下流側であり、これより上流側は湖の縁辺部の浅場のみです。(図1)

2、 シジミ漁業の概要

 シジミの資源保護のため行使規約でシジミ漁業者の定数は240名と定めており、平成29年度の操業者数も240名です。大涸沼漁業協同組合(以下組合と略す。)の総組合員数は362名なのでの3分の2占めております。
●操業時間 5月1日~10月31日 午前7時~午前11時まで(4時間操業)
11月1日~4月30日 午前8時~正午まで(4時間操業)
●休漁日 土曜日、日曜日、祝日
●漁具 カッターと呼ばれる爪の付いた金属製の籠(籠の目合いは12㎜以上)に長竿を付けたものを使用しています(図2)。
●漁船 板にグラスファイバーを巻き付けた0.5t未満の木造船で、船外機を装備したもの(図3)。
●漁法  無動力(人力)による「手掻き」のみであり1人掻き(図4)と2人掻き(図5)があります。
1人掻きは、船の中央部に人が立って船べりにカッターの竿をあててカッターの刃爪を前に向けて船が進む方向に底を掻き滑らせて行きます。カッターを動かす方向(掻く方向)対して船は垂直なので、怒向きに船が進んで行くように見えます。この時船べりを支点にして「てこの原理」を働かせて効率よく掻きます。涸沼での操業は水の流れが弱いので、風を背に受けて操業し、涸沼川は流れがあるので水の流れを背にして操業します。この時船べりを支点にして「てこの原理」を働かせて効率よく掻きます。涸沼での操業は水の流れが弱いので風を背に受けて操業し、涸沼川は川の流れがあるので水の流れを背にして操業します。
また12月10日から3月31日までの間は2人掻き操業を認めております。2人掻きは船尾からアンカーを付けたロープを50mほど出し、1人がそのロープを「かぐらさん」(図6)と呼ぶ木製の巻取り器を使って巻いて船を進める力を利用してもう1人がカッターを押さえながら底を掻き採って行く漁法す。この漁法はアンカーで位置を決め、同じ場所を何回も掻けるので深く潜っているシジミを取ることができます。
他に12月10日から3月31日までの間は水中に人が入り、カッターを曳く腰曳漁(腰カッター)も認めております。
●漁獲制限 1日1人100kg
●禁漁区 涸沼は岸辺から10m、涸沼川は岸辺から5mを年間禁漁区域としております。
●選別出荷  カッターで底の砂泥とともに掻き採られたシジミは、カッターを水の上で何回も揺らすことで小さいシジミは下に落ちます。残った漁獲物は船上で篩にかけられ石などが取り除かれます。陸揚げ後、更に自動選別機(図7)や人の手によって選別し、各自が個別に問屋や販売所に出荷します。

3、 漁獲量の変遷

 涸沼周辺に住む人々とシジミとの関係は古く、涸沼周辺で発掘された縄文時代前期の貝塚は、ほとんどがヤマトシジミを主体とした貝塚であります。江戸時代には、入札によって涸沼の漁業区画の権利が許可され、シジミ漁が行われていました。漁業権が法的に確認されシジミ漁を行うようになったのは明治19年に涸沼漁組合が成立したときです。
昭和30年からの農林統計を見ますと昭和32年に増加し、昭和45年までは2,000tから3,000t台を推移し大きな変化はありませんでした(図8)。この時は現在よりも広い範囲でシジミが採れていたといいます。また、このころは涸沼、涸沼川の他に本流の那珂川でもシジミが多く漁獲されていました。よってこのころの農林統計の那珂川のシジミ漁獲量には涸沼川だけではなく那珂川の漁獲量が多分に含まれていると思われます。しかし、那珂川の漁獲量は昭和40年代から昭和50年代にかけて徐々に減少し、昭和60年代にはほとんど採れなくなってしまいました。
涸沼、那珂川の漁獲グラフは昭和46年から急上昇します。このころ那珂川は徐々に減少しておりますので、これは漁獲量は涸沼及び涸沼川の漁獲量増とみていいと思います。このころは利根川から放流用種苗としてのしじみの需要があったため、涸沼の漁獲努力量は増大し、結果的に漁獲量が急増しました。しかし、この急激な増加は乱獲を意味し、昭和55年以降の漁獲量減少に影響したと考えられます。
漁獲制限量は平成10年までは1人1日500kg以内と定めておりましたが、年々漁獲量が減少して行ったため、平成11年に200kgに変更、更に平成17年に100kgに変更しました。
 近年では、平成23年に発生した東日本大震災の影響(涸沼全体の地盤沈下や津波の引き波の為の砂利の減少等)もあり、平成22年に約2,000tあった漁獲量は年々減少し、平成28年は約500tと約4分の1と減少しましたが、今年は豊漁となり、夏期から10月現在まで1日1人100kg近くの漁獲量となっております。

4、 販売方法

 組合のしじみ漁は相対出荷となっており、問屋に出荷する組合員もいれば(図9)、自分で販売する組合員もおります。組合では平成20年に「ひぬまやまとしじみ」と称して地域団体商標登録を取得し、自分で販売する組合員にはこのマークがついたシールやのぼりを使用して頂き、販売促進を促しております(図10)。

5、シジミ漁業の課題

  平成23年の東日本大震災の津波の引き波の影響により、涸沼川の水底の砂利が少なくなってしまい岩盤が見えてしまっている場所が発生してしまいました。結果、夏期の産卵が良くても砂利が無いためしじみが定着できず、シジミが生息出来ない場所ができてしまっております。岩盤が見えている場所に少しでも砂利を入れる事業を実施して頂くよう国に働きかけたいと思います。
また、毎年のシジミの発生が不安定であるため、平成13年度から茨城県内水面水産試験場(現在、茨城県水産試験場内水面支場)の指導の下、ヤマトシジミの種苗生産事業を実施してします。(図11)
この方法は、飼育のための人工餌料を用いることなく、稚貝が着底した後は、涸沼の水を流して飼育するだけの粗放的な方法であり、温暖で餌となる植物プランクトンが豊富な涸沼に合った種苗生産法です。
近年では、平均殻長約1㎜の稚貝を毎年1億個程度生産し、放流できるようになりました(図12)。
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